「淡水魚 第二号」 財団法人淡水魚保護協会機関紙 より後半部を抜粋。
:大正11年(1918年)東京市上野公園で開催せられた平和祈念東京博覧会で山形県北村山郡玉野村大字母袋の清藤芳松がテツギョを出品。体型は金魚に似てフナ尾で長く体色が黒く鉄色を帯びている。同村母袋若畑沼の特産で、明治初年同沼付近は森林繁茂し人跡稀であったが、明治20年頃森林伐採と共に沼中に異様の魚族を発見し、はじめ黒鉄色の尾ならびに鰭長大しものを漁獲した。色は、黒、赤、白、黄の斑等種々ありとあったので、金魚の原種ではないかとの報道もあって大いに評判となった。
:昭和2年頃宮城県加美郡宮崎村田代岳の山中魚取沼にテツギョがいるとのことで、当時東北大学朴沢三二教授がこれにつき調査して、昭和6年6月宮城教育でその結果を発表せられた。
:昭和2年(1927年)早春、若畑沼の実地を視察調査したが、ここは部落有で、金魚、鮒などを飼育していて、珍しい魚が見つかると山中のこの沼へ放つ風習があるとの伝承があった。
:宮城県のテツギョは天然記念物に指定されて有名となったので、大正14年10月当時摂政宮殿下の生物学御研究所に魚取沼産鉄魚28尾が献上せられ、また昭和3年に御即位の後御研究所が宮城内に遷御になって、昭和3年10月に13尾が献上せられたものについて御飼育になったものから、昭和4年6月多数の幼魚を得られたが、混養で親魚は不明であったが、仔魚314尾のうち140尾は長尾、173尾は短尾であったが、このうち1尾は開き尾であったこと、その他長尾短尾の出現率などにつき、御用係服部廣太郎博士が「採集と飼育第9巻第10号・昭和22年1月」に御発表になっている。
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この遺稿は
松井佳一(まついよしいち)氏の金魚関連の著書中最新(1976年)のもので、氏もずっと気にされていたのだろうと感じる。
宮城県のHPによれば鉄魚はキンブナの変異体なのだが、献上魚でさえ交雑魚であったとするのであれば、流通している鉄魚はみんなその系統である可能性がある。むしろそうでないとしたら、一体それはどこの魚なのだ?と言う話になるまいか。
「鉄魚」を分譲してもらう際に必ずその由来を尋ねるようにしているのだけれども、「奥羽山系」のブリーダー氏による長尾鮒以外、つまり「魚取沼純系」と言われているもの(長尾と色付きの2芸品)で、ここまではっきりとした来歴は寡聞にして知らない。
北海道の鉄魚・緋鮒も含めて、赤化・白化・黒化等の変異は無論起こりうるし、起こってきただろうが(関東産キンブナの透明鱗は見たことがある。キンブナ透明鱗としてブリードされているものは、東北各地のキンブナ系
*のものを集めて創られた系統らしい。行基ブナについては不明。)、金魚の放流が明治~大正期(あるいはそれ以前から?)に行われてしまったため、100年も経ってしまった今ではその起源が分からなくなってしまっている。
もし本当に魚取沼の鉄魚が純粋なキンブナの変異体であり、「開き尾まで出現する超変異体系統なのだよ」となれば素晴らしいが、金魚との交雑がまったくない遺伝子検査済み合格の系統を確立して貰わない限りこれ以上手を出す気にならなくなってしまった・・・。
*東北のキンブナ・ナガブナ系の不明種はクローン系統の可能性があるが、自分では関東型と認識してきた背鰭の軟条数が少ない普通の「キンブナ」(参照:魚類写真データベース)も普通にいるようだ。